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おばあちゃん安らかに

先週の日曜日、前日まで元気に出かけていた実家の祖母(父方)が急に胸の苦しさを訴え、救急車で搬送されました。
それを両親がメールで知らせてくれたのが正午ごろでした。
慌てて、昼寝していた主人に子供を託し、集中治療室に駆けつけましたが、祖母は薬を入れられ、眠ったまま、酸素のチューブを喉に入れられていました。
幸い頭の方にあるモニターを見る限りは、心拍、呼吸、血圧などは安定しているように見えましたが、看護師の方の言葉は、あと2,3日はいつどうなるかわからないので、誰かが必ず付いていてくださいとの話・・。
貴女は子供がいるから、私がいるよという叔母の言葉に甘え、いったん帰宅しました。

まだどうなると分かったわけではないのに、(両親は入院準備を買いそろえたりしていました)運転していると涙が出てきます。
家に帰りましたが、なんだかそわそわして・・。

夕方、空をふと見上げると、サザエさんの花火ではありませんが、空ににっこり、祖母が笑っているように見えました。
そのビジョンはしばらく消えずに、何か私に伝えたがっているようでした。
もしかして・・。
夕方、じっともしていられず、草をむしって気を紛らわしていると、母の、血圧が低下してきたとの電話・・。
そして一時間ほどすると、今、亡くなったよ と告げられました。

あまりにあっけない亡くなり方で、誰にも迷惑もかけず、祖母は逝ってしまいました。
7か月前に一緒にお爺さんの死に顔をみて、また目ををあけるような気がするよ、と言ったのはたった7か月前。
今度は祖母ちゃんがそこにいました。

気の強い、男っぽい潔い性格の祖母は、7人兄弟の末っ子で、甘えんぼの祖父と好対照でした。
私は初孫で、祖父母、父母、3人姉弟と7人家族で、25歳まで一緒に過ごしました。若いころも、結婚してからも、ケンカを売ったりしてしまう元気な祖母でもありました(笑)
私が結婚するとき、両親がなかなか認めてくれなくて、笑顔で出してはくれませんでした。
式は挙げず、籍を入れるとき、2つのサイン欄に双方の祖父に署名を頼みました。

その時の祖母の笑顔がずっと胸の中にあります。
”好きな人と苦労するんだから、大丈夫だよ、幸せだよ。がんばりな”
そういって笑って送り出してくれました。

次女が生まれた時も、連絡のつかない実家の面々の代わりに、家から駅まで走り(75歳くらいでした)タクシーに飛び乗って助産院まで駆けつけてくれました。
その様子を表情たっぷりに語る祖母の顔が、今でも浮かびます。
みんなが来るまでちっちゃな体で正座して、生まれたてほやほやの次女を、祖母は眺めていました。

長女は初ひ孫でした、実家に寄ると、お祖父さんと一緒に、寝かしつけてくれたり・・。
ひ孫たちが大きくなっても、みんなで実家に押し掛けるのを楽しみにしていました。
お祖母ちゃんのいる2階の部屋で、おじいちゃんの座椅子に座って、お茶を飲む、とりとめのないことをしゃべるひと時が私は大好きでした。木目の炬燵、チラシの裏をクリップで束ねたメモ帳、みかんやいかくん、チーズ鱈、暑い盛りのかき氷。うどんもおいしかった。母の料理とはまた違う、くつろげる心地よい感じが好きでした。

若いころ働いていた、ベーカリーや、ケーキ屋さんにも祖父母はふらっと訪れました。
あれ!おばあちゃん!と言うと(おじいちゃんはちょっと離れたところでうろうろしたり、おならをしたり)
”あれまあ、また来ちゃったよ。”とかなんとか言いながら、沢山のパンやベーグル、ケーキを楽しそうに買って行ってくれるのでした。
父は一度私の仕事場を見に来て、けしからん!と難しい顔でしたが(笑)公務員とか事務の仕事につきなさいと言っていました(確かに・・。)祖母のは、一代離れた気楽さかもしれませんが、嬉しかったのを覚えています。

千葉から三重へ出てきて、苦労してここまで来た祖母。介護も終わったし、あと5年は、楽しむわと笑っていました。
2週間前にも、初盆で話したばかりだったので、なんでいないの?と、気持ちがついていけなくて・・。
みんなで花を体の周りに埋めました。お祖母ちゃんのおでこは、もうドライアイスでキンキンに冷えていて、もう帰ってはこないんだなと思うとまた涙が出ました。

お祖母ちゃん、私はここ何日か、自分の結婚生活をふりかえっていろいろごちゃごちゃ悩んでいたよ。今更、これで良かったのか・・と。
お祖母ちゃんの言葉で我に返ったよ。

またおじいちゃんと突っ込みながら話しているのかなあ。
来春は我が家の庭を見に行くと約束してくれていました。
花はいいよねえ。気持ちがぱあっと明るくなるよね。と、言っていました。
私のまだ小さいころ(5~6歳くらい)、妹弟が年子だったせいか、よく私を祖父母は連れ出して、花の苗を買ってくれました。一緒に吉野の桜を見に行ったこともあります。ピンク色の、とても上品なバラの苗を買ってくれて、庭に植えて良く眺めていたのを覚えています。
オフェーリアと言う薔薇だったと思います。
その高貴な香りがまだ、記憶の中にあります。

お祖母ちゃん、ありがとう。

沢山のありがとうを彼女に送ります。

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